他のどんな人に同じような言葉を掛けられたって、あの人が言ったように心を打つ事は無い。
だって、俺にとって最初で最後の恋だったし、ちゃんと俺自身を愛してくれたのだって、
後にも先にもあの人だけだったから…、絶対に忘れない。
あの人以外に買われる気なんて最初からない。









「黒百合、」
「嫌やで。あんなおっさんに買われる気ぃなんてない。それに新町の格子があないに安い値で買い取れるわけがあらへんやろ」
「言うと思ってたわ、ほなら返すで」
「頼んます」









日常の一部となってきたこのやり取りにも飽きて来た。
さっさと迎えに来てくれたらええのに…、そしたら俺は何も迷わんと買われたる。
どんだけ安い値やっても構わへん。
一緒に居れさえすればそれでええんや。









「ずっと待っとるんやね、黒百合は」
「太夫」
「そうやって呼ぶん止めてくれへん?いくら周りの仔に言われとっても黒百合が言うたら嫌味に聞こえてしゃーないわ。いつもみたいに白百合でええよ」
「そないな事しとったら、下に示しが付かへんやないですか」
「ケチやなぁ」
「ケチやありません、今は仕事中や」
「せやったね、」









そう言って太夫は笑った。
どっか寂しそうな表情しとる。
多分やけど、また来てくれへんかったんやと思う。
この人も俺と同じで待っとる人が居る。
でも、その人は放浪癖があるとかで中々来てくれへんらしい。
誕生日が近い間の何時かにはいっつも来てくれるから、って笑っとたのに…、









「お医者様なんやろ?世間体もあるから、中々来られへんのとちゃう?」
「太夫の幼馴染なんやろ、聞いたわ」
「そんな所まで喋りよったんか…、あかんなぁ口軽過ぎるやろ」
「でもええ人や、太陽みたい」
「それ、言うてあげたら泣くと思うわぁ。格子の方がオレの太陽やねん!っとか言いそう」
「格子とか呼ばへんし」
「あ、…せやったな」









何気ない会話が出来るんが上位の特権やと思う。
下位の仔等は今頃上位になろうとして一生懸命客の相手しとるやろうし、最近は初回と裏の客が多いから客の取り合いやし。
太夫と格子の位に就いとる俺等には関係ない事やけど。









「太夫姐ぇさん、格子姐ぇさん」
「ん?」
「雛菊さんやないか、どないしたん?」
「千歳さんと忍足さん来はりましたよ」
「やっとかいな」
「わかった、今から行くわ」
「いつもの部屋に通しとりますんで、コレから来る客の相手はどないしはります?」
「うちも格子も次からの客は初回として扱わしてもらうわ、別に構わへんやろう?」
「ええ、番頭にそう伝えときますわ」
「頼んます」









それだけ伝えたら、雛菊は部屋を出て行った。
雛菊言うんは、太夫の禿をやっとる仔。
めっちゃええ仔で、何でこないな所に連れて来られたんやろぉっていっつも太夫が言うとった。
連れてこられた理由はわかっとるのに、いっつもそうやって言うとる太夫はめっちゃ哀しそうな顔しとった。
そろそろ行こか、言うて太夫は立ち上がって雛菊の後を追うように部屋から出ていった。
俺も太夫の後を追うように部屋を出て、客が待っとる部屋に向かう。








































「あ、光や」
「何当たり前な事言うてはるんですか、頭沸いたんとちゃいます?」
「相変らずキツイ事言うなぁ」
「謙也さんにだけですわ、こんなん言うん。もうええで椛、下がっとり」
「はい、」









部屋に入って早々に阿呆な事抜かしやがって、俺以外にこの部屋入ってくるんは、俺の禿か新造だけやないかい。
位持ちなんか入って来るわけあらへんやん。









「今日は来るん早かってんな?」
「焦らされた方が良かったんやったら次からは一刻経ってから来たげますけど?」
「アハハハ、光、そないな事心から思ぉてへんやろ?」
「…」
「?…そないオレの顔ばっか見て、どないしたんや?」
「いや、アホみたいに笑っとるなぁ思て」
「アホやて!!」
「そない大声出さんで下さいよ、耳痛ぁなる」
「す、スマン…」









しゅんとして黙ってしもぉた。
可愛ぇ反応するなぁっとかこんなん言いたいんとちゃうのになぁとか思う事は沢山あるけど、そないな事思う前に、もっと伝えらなアカン事があるような気がする。









「身請けの話しな、……ホンマに進めてもええんか?」
「今更やないですか。謙也さんこそ、世間体とか気にせぇへんくてええんですか、医者やろ自分」
「別にええし。ココ来とる時点で世間体もクソもあらへんし、」









めっちゃ笑顔で答えられた。
太陽みたいな笑顔で、なんや、ココに来る前最後に家族と見た向日葵っちゅー花に似とる思てしもた。
こんなん言うたら怒られて、身請けの話し、なかった事にされへんやろうか?
嗚呼、でもなんか、ホンマにむっちゃこの人の事好きや。
こないな所に入って思う事やないんかも知れへんけど、好き過ぎてどないすればええんやろ、自分じゃどうする事も出来へん。









「なぁ、謙也さん」
「なんや?」
「こないシアワセでええんやろか?家族に申し訳ない」
「ええんや。コレまで辛い思いもしんどい思いもしてきたんやから、幸せになったってええんや。光にはその権利があるんやから」
「……はい」









この人とやったら幸せになれる。
幸せにしてくれる。
外見だけやなくて、全部見てくれて、ホンマはこんない素直になれんで、
生意気な事しか言われへんってわかっても好きで居てくれるから。
この人と一緒に居りたい。
死ぬ時はこの人と一緒に死ねたらええ。







































それから、身請けされる3日前に謙也さんが誰か知らへん人に殺されたって事を聞いた。
俺はそれを聞いて直に、この前身請けを断った人やって事が解って、むちゃくちゃ泣いた。
俺があの時の身請けを断りさえせぇへんかったら太夫は泣かへんかったし、謙也さんかて死ぬ事なかったんや。
やからせめて、せめて生まれ変わってまた会えるんやとしたら……、そん時は誰にも邪魔されんと一緒に居りたいと思た。
謙也さんの光になりたいと思た。








































「なぁ、自分この学校入るん?」
「……そのつもりしてますけど、なんですか?」
「いや〜、前どっかで逢ったような気ぃしてんけど…」
「下手なナンパの仕方ですね」
「な、なな、ナンパとかそんなんちゃうし!」
「ま、ええですけど」
「そや、ここ入るんやったらテ二部入らへん?」
「なんでですか、」
「オレそこに居るからに決まっとるやん!なんや、一緒にやりたいし!」
「考えてあげへんこともないですけど」
「生意気やな〜」



















や っ と 廻 り 合 え た ね 。
そう心の何処かで誰かが目の前にアホ見たいに笑う脱色した先輩に向かって言うたような気がした。