街のノイズに掻き消されるのは
僕の叫び
掴み取ろうと思ったものはどれだけでも努力して掴み取った。
人に悟られないように努力するのは簡単だった。
"規範"それが俺の心を支配して、俺の思考を手放そうとはしなかった。
本当の俺が何処に居るのかなんて俺にすら判らない。
それはずっともう遠い日に忘れてきたような気がする。
目の前でアホみたいな顔をして眠っている親友の髪を梳いて見る。
酷く懐かしくて、愛おしく感じた。でもこの愛おしさは特別な感情…、つまり恋人に寄せるようなものではない。
出逢った時からそうだった、コイツの事が懐かしくて、愛おしくて、切なくなった。
後輩である財前光と付き合う事になったと聞かされた時はとても嬉かったし、今度こそ上手く行けばええのにって何故かそんな事を思っていた。
可笑しな話だと自分でも思う。
俺が千歳と金ちゃんに会った時に財前もそんな事をポロっと言うとった。
言われた俺も言うた財前も変やなって笑ったから覚えとる。
夢を見た。
どこかの大きな大きな古い平屋。
そこには無数の部屋が存在していて、外から見える木の柵越しの部屋には無数の人が客に手招きしている。
俺はその部屋に入る為の廊下を黙って通り過ぎ、一番奥の部屋に入る。
その部屋の中にはずっと声を殺して泣いている黒髪の…着物を纏った少年。
(覚えとる…、知っとる…、もう泣かんでええんや。結ばれとるんやから…、絶対に離れへんから、)
何故だかそう言いたくなった。
少年の涙を止めたくて、止めてやりたくて、俺は必死に無言で抱きしめた。
「黒百合」
紡ぎだした言葉は、今まで一度も聞いたことの無い名前な筈なのに、コレが誰か俺は解ってしまった。
純粋な黒髪。
整った綺麗な顔。
零れ落ちそうな涙を必死で堪える仕草。
縋り付く様に抱き付いてくる彼。
(嗚呼、コレは財前なんや…)
大好きで、大切で、やっと二人になれると思ったのに、引き離されて、どないしようもなくなった財前。
もう客も取れない可哀相な子…。
あんなに愛し合っとったのに、あんなに好き合っとったのに、神様は残酷で、酷い生き物や。
彼が死んだ、と聞かされたときに
俺はただ ただ 思った
あわよくば、
来世で彼等が結ばれますように
運命に悪戯なんかされませんように、
愛おしい人を亡くす痛みも、辛さも、悲しみも、全て俺たちは知っていて、それがどれほどの衝撃を自分に与えるかも知っている。
だから、今のこの世界がこの現状が、長く続く事を祈るのに、心の何処かでまた引き裂かれるような気がして仕方が無いんだ。
それでも、それでも前だけ見て生きていたい、一生なんていらない、この時間だけ愛し合えれば…、そう思う俺たちはちっぽけで、他人になんて理解して貰えないだろうけど、それが俺たちの全てなんだ。
だから、あの時、俺は思ったし、財前は俺に言ったんだろう
忘れていた記憶。
それは夢となって、俺たちに真実を伝えてくれる。
『白百合』
『ちゃう…ホンマの名前で呼んで』
『蔵…、』
『うん』
『待っちょって、』
『…うん、』
『絶対見つけるけん』
『わかっとるッ』
『好ぃとうよ、』
『うちも好き…、ちぃん事、愛しとる』
泣きそうに笑って、寂しそうに手放した手も、全てがこの出会いの前置きで、この日に感じた辛さも、苦しみも、切なさも、溢れ出た涙も、愛し合う為の鎖。
だからもうこの手を離さないで。
心に染み付いた傷が疼く。
痛くて痛くて仕方ない。
だからお願い、もう何処にも行かないで、