中学三年生になる少し前、俺は九州から大阪に引っ越して来た。
越して来たと行っても親と一緒にではなく、一人で。
目的は、右目の治療の為。
最初は、治療なんかやらなくてもいいと思っていた、けど、親が不便だと言い騒ぎ出したから仕方なく来た。
テニスで傷めた目の為に、態々こんなところまで来る事になるとは思わなかった。


























( 大 阪 四 天 宝 寺 中 … 、)








まったく見えない右目の代わりに、左目で確認する。
四天宝寺と言えばテニスが強いと有名な場所だ。
俺は春からココに通う。
正確に言えば、春休みの今日からだけど。
何処に在るのか分からないテニスコートを目指し、当てもなく敷地内を歩き回った。
元々、目的もなくフラフラと歩き回る放浪癖があるからか、そんなに苦には思う事はなかった。
居心地の良い、太陽の温かさを受けながら数分歩けば、テニスコートが見えてくる。
重々しい入り口のドアを少し強めに押して開けば、騒がしいような、楽しそうな、何とも言えない光景が広がっていた。








「スミマセン、ココはテニス部であっていますか?」








あまり使い慣れない標準語を使いながら、コートの脇のベンチに座りながら見ている(多分3年だと思う)奴に声を掛けた。
コチラを振り返り見上げられた時、綺麗な人だと思った。
男ばかりの場所に居るのだから、男なのだろうけど…、女性的な容姿。
美男子、と云うよりもなんだか、行き過ぎたイケメン?…いい表現が思いつかない。
いや、まさかマネージャーとか言わないだろう。








「…ん?嗚呼、合うってんで。…えーっともしかして千歳くんやない?」








女子にしては少し低過ぎる声を聞き、やっぱり男だと自分の中で自己完結する。
…はて、俺はこの男に自分の名前を名乗っただろうか?








「そう…ですけど、」
「渡邊先生から話は聞いとるで、初めまして、部長の白石蔵ノ介や」
「嗚呼、だから名前知っていたんですね」
「まぁ、な。後でレギュラーに紹介するんやけど。…ビックリしたやろ?今休憩時間やからみんなテンション可笑しいんや。馴染むのにちょぉ時間掛かるかも知れへんけど、気楽に頼むわ」
「努力はします」








部員の騒いでいる姿を温かく見守る。
その視線は、まるで生まれたばかりの子を見る母親のような目だった。
こんな目をする人が、同じ年代に居るとは思わず、ビックリしてしまった。








「白石、もぉそろそろ休憩終わりやけど」
「嗚呼もうそないな時間かいな…。ありがとう小石」
「ええで、それより、そいつは…」
「九州からの転校生の千歳くんや。テニス部に入るねんて」
「そうなんや…。"副部長"の小石川健次郎や、好きに呼んでくれて構わへんで。何か解らん事とか悩み事とかあったらいつでも相談してや」








人の良さそうな男だった。
でも、その頭はどうかと思う…、普通の中学生にしては可笑しな頭だ。
一昔前のヤンキーみたいな髪型。
誰も指摘しないで居る辺り、コレが彼の普通なのだろう。








「千歳千里です、小石川くんよろしくお願いします。」
「おう、千歳やな、覚えたで」
「小石、悪いけどレギュラーだけ集めて後はいつものメニューやらせてくれるか?」
「おん、わかったわ」








小石川くんは早足で他の部員の下に伝言を伝える為に走って行った。
さて、俺はこれから自己紹介なるものをしないといけないわけなのだが、ボロが出ないか心配だ。
地元じゃ通じるが、ココは大阪、方言が出ないように気を付けなくては…、








「…それと、千歳くん」
「何か?」
「馴染まん言葉は使わんくてええよ、気楽に話し。ココに居る奴はみんな受け止めてくれるから」

















ふわりと白石くんが笑った時、風が吹いて近くに咲いている桜の花びらが舞った。